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新型コロナウィルスに対して、僕達ができること
外出自粛が要請されて、色々と辛い状況です。
新型コロナウィルス感染拡大防止のため、東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県、大阪府、兵庫県、福岡県の7都府県に緊急事態宣言が出された。4月16日には、その緊急事態宣言が全都道府県を対象に拡大された。期間はゴールデンウィークの5月6日までの予定である。群馬県の県立高校の学校再開は、5月7日から、富岡市の小中学校でも4月20日からの予定であったのが、5月7日に延期された。群馬県内、県外で、多くの小中学校、高校、大学が再開を延長している状況にある。この間、国民は経済活動の自粛、外出の自粛など多くの犠牲を払っている。それは、大人に留まらず、子供達も、学校へ行くことが出来ないという大きな負担を強いられている。頑張って、受験勉強して希望する大学や高校に合格したのに、新たな仲間と切磋琢磨しながら、勉強することも、語り合うこともできない。学校で、友達と遊んだり、話し合ったりすることもできない。若く、エネルギーが有り余っている状態で、自宅にいるだけの生活は、苦痛だと思う。だけど、人との接触を避けて、感染リスクを下げることが、今、するべきことだ。
緊急事態宣言の意図は?
緊急事態条項とは?
では、何故、今、7都府県で緊急事態宣言が出され、更に、全国へと拡大され、接触機会8割減を目指しているのか?僕なりに、調べたり、考えたりしてみた。日本の緊急事態宣言の内容は、諸外国に比べれば甘い、ぬるいのは事実だ。これは、憲法上、都市封鎖(ロックダウン)などの強制力を伴う措置は、ほぼできないからだ。憲法に「緊急事態条項」がないからである。戦争や災害など、国家の存続を脅かす緊急事態が発生したとき、政府が平常時の国家統治の方法では対応できないと判断した際、憲法秩序や人権保護規定を一時停止し、一部の機関に大幅な権限を与えたりして、非常措置をとることにより危機を乗り越える手段を図る権限のことを「国家緊急権」と言うが、この「国家緊急権」の発動の根拠となる法令の規定を「緊急事態条項」と言うのである。大日本帝国憲法では、国家総動員法と言う法律があり、第二次世界大戦では、これが適用され、日本国民が全員、戦争に巻き込まれてしまったが、現行の日本国憲法では、緊急事態では、要請や指示が出来ても、強制はできないのである。第二次世界大戦での敗戦、その後に、連合国軍の支配下に置かれたという歴史的要因があり、「緊急事態条項」がない憲法の成立に繋がったのかもしれない。僕は、この憲法成立過程を批判するつもりはない。そのとき考え得る平和のための憲法の実施を目標にしたと思うからだ。そして、「緊急事態条項」がない日本国憲法を否定するつもりもない。個人的には、緊急事態とは何だ?の定義が、曖昧のまま成立したら、それこそ国家権力の私有化と乱用に繋がると思うからだ。ここでは、この「緊急事態条項」については、これ以上の意見を言うつもりはない。
緊急事態宣言には強制力はないが…。
強制力が伴わない状況で、都市封鎖をしてもあまり意味がないと思う。いや、むしろ事態は悪い方向に進むと思う。東京などの都市部の感染被害が大きいからと言って、地方へ逃避する人々が増え、その人達が地方でクラスター(感染者集団)を発生させてしまうからだ。勿論、本人達には、その意図はなくても、このウィルスの性質上、そういう事例がいくつもできてしまうことは、容易に想像できるし、現実として、それが現在、起こっているのだ。その数が、今の何倍にもなれば、地方では対応できないのが現状だと思う。大都市だからこそ、病院の数も、医療関係者の数も、医療機器の数も多いのだ。そして、地方でいくつものクラスターが発生すれば、そのクラスターを封じ込める専門家の数も足らなくなる。都市部も地方も、両方死んでしまうことになる。これは、絶対に避けなければならない。だから、日本全国の新たな感染者が増加している今、行動範囲を狭め、人との接触機会を減らす必要があるのだ。
狡猾な新型コロナウィルス
これは、このウィルスの性質がやっかいなものであるからだ。ウィルスとは、完全な寄生体で、自分の力だけで生きることはできない。栄養も宿主の細胞からかすめ取り、分裂して自身の数を増やすのに必要な酵素なども宿主の細胞から借りるわけである。宿主の細胞に入って、初めて生き延びることができ、数を増やせるものなのだ。エボラ出血熱を発症させるエボラウィルスは、感染者の致死率は80から90%と言われている。この致死率は、新たな宿主に感染して、自分を存続させ、増殖するウィルスにとっては、自分で自分を殺すことになり、多くの人に感染するのは難しい。又、SARSは、致死率は 10% 前後であり、新たな感染者を宿主とできるが、無症状期における他への感染力はゼロ,あるいはあったとしてもきわめてその可能性は低いと考えられているので、知らぬ間にクラスターが発生していることはほとんどない。新型コロナウィルスは、症状が軽い人も多く、又、無症状の人も本人が気付かぬまま人に感染させてしまう。この強力な感染力と、致死率とのバランスが、ウィルスにとって、自分が生き延び、増加するのに絶妙なところであるのが恐ろしいところなのである。まさに、感染経路が分からない突然出現する感染者(孤発例)は、このウィルスの特徴中の特徴と言っても良いと思う。
緊急事態宣言の意図
長期間、経済活動を停止したら、人が人でなくなってしまう。
緊急事態宣言の目的は、人との接触機会を避け、新たな感染者数を抑え、孤発例を無くし、クラスターを封じ込めることを可能な限り行い、ウィルスの感染拡大をコントロールできるものにするためである。ウィルスの感染拡大を抑え込むなら、何ヶ月も都市封鎖をして、経済活動を停止すれば良いわけであるが、それはできない。僕は、何ヶ月もそんなことをしたら、人間は心が壊れると思う。心が壊れたら、そこに光は無く、闇しかないと思う。そんな中で生きて、何の意味があるのだろう?未来の希望を持てない世界で、どうやって、子供にも自分にも頑張れ!って言えるのだろう?お金を稼いで、お金を使う貨幣社会では、働き、勉強し、遊び、趣味に熱中し、生き甲斐になるものを見つけ、それにエネルギーを注ぐ、人々のこれらの行動が社会を維持する。社会を維持するためにも、経済活動への影響は少ない対策、方法を考えるべきだと思う。人間が人間であるためには、楽しみや希望が絶対必要だ。だからこそ、ウィルスとの戦いは、長期戦をしなければならないと思う。
ウィルスとの戦いは、長期戦だと自覚しましょう。
2年くらいはかかるだろうとの声が多い。
もし今、日本国民が、ノーガードで経済活動も外出も好き放題したら、オーバーシュート(爆発的感染)が起き、医療現場は崩壊し、新型コロナウィルスだけでなく、他の病気が原因で、死んでしまう人も増えてしまう、本来なら、助かるはずの多くの命が、助からなくなるのだ。それは、自分と近しい人かもしれないし、自分かもしれない。そういう可能性が大きくなるのだ。緊急事態宣言は5月7日に開ける予定だが、その日に突然、ウィルスの騒動は終わるわけではない。戦いは、続くのだ。今のところ、ウィルスによる発症に対して、対処療法で、自己治癒力、自己回復力に依存しているわけである。薬の治験はされているが、まだ、特効薬は見つかっていない。疫病の終焉は、特効薬を含む治療法の確立、ワクチン、集団免疫の獲得(新型コロナウィルスの場合、国民の50%以上が感染する必要があるそうだ。)のいずれかを手にしないと為されないと思う。おそらく、多くの専門家が言っている様に、どの方法も2年ほどはかかると思う。どんなに早くても、1年だろう。集団免疫の獲得に至っては、そのうち自分や自分の周囲の人が感染するとは思うが、今、やるべきものではない。そう考えると、長い戦いにならざるを得ないのだ。
緊急事態宣言の解除で全てが終わりではない
数百年後にも歴史に残る世界的困難
この新型コロナウィルス感染拡大は、14世紀に全欧が怯えたヨーロッパの人口の3分の1が死に絶えたと言われる「黒死病(Black Death)」が約700年後にも歴史の教科書に記載されてように、20世紀に起きたアメリカニューヨークウォール街の株価暴落から始まった「世界恐慌」が歴史の教科書に載っているように、数百年後も歴史の教科書に刻まれているような残忍な出来事だと思う。僕達は、この残忍で残酷な状況にいる。学校に行って友達と遊んだり、勉強する。家族で旅行に行く。お母さんと一緒に買い物に行く。そういう普通のことが奪われてしまった。日常が変わってしまった。だからと言って、嘆いていても何も始まらない。今、一般人ができることは、家にいて、感染しないように、感染させないようにすることだけだ。みんなが協力しないといけない。自分だけが不便さを強いられているわけではない。みんながそうなのだ。今は、我慢の時なのだ。
徐々に、活動を広げよう。
学校が再開された、緊急事態宣言が解除された、それは終わりではない。その日を境に、人々が一斉に旅行などの外出してしまえば、また、クラスターが発生し、感染者も再び、増加するだろう。そうなれば、もう一度、緊急事態宣言が出され、今度は、日本全国が対象となる可能性だってある。そうならないためにも、徐々に、元の生活に戻して欲しい。しばらくは、三密「密閉」「密集」「密接」が重なるところは避けて欲しい。一気に全開ではなく、ひとつひとつ徐々に、行動範囲を広げて行って欲しいと思う。僕も、当然、そうする。人混みは可能な限り避けるし、僕も様子を見ながら、自分の行動範囲を、最初は富岡市内、群馬県内、隣県、と時間を掛けながら、徐々に広げて行くつもりだ。勿論、仕事や用事で他県に行ったりするのは、仕方ないことだ。今、行かなきゃならない理由がないなら、違う機会でも良いなら、情勢を見て、もう少し待ってから、そこに行けば良いと思う。だから、学校が始まっても、全てが解禁だとは思わないで下さいね。
恐らく、そのうち自分もなってしまう。だから、誹謗中傷はやめよう。
そして、長期戦の中では、自分も家族も友達も感染してしまうものだと思って下さい。風邪と同じで、誰しもがいつかは感染するものだと思う。色々な記事で、何度も言ってますが、自分もなってしまう可能性が高いし、なってしまった人も被害者なのだ。この新型ウィルスの特徴で、気を付けても感染してしまうのだ。だから、絶対に、感染してしまった人に、感染させてしまった人に、誹謗中傷はしないで下さいね。